吾亦紅・歌詞
マッチを擦れば おろしが吹いて
線香がやけに つき難(にく)い
さらさら揺れる 吾亦紅
ふと あなたの 吐息のようで…
盆の休みに 帰れなかった
俺の杜撰(ずさん)さ 嘆いているか
あなたに あなたに 謝りたくて
仕事に名を借りた ご無沙汰
あなたに あなたに 謝りたくて
山裾の秋 ひとり逢いに来た
ただ あなたに 謝りたくて
小さな町に 嫁いで生きて
ここしか知らない 人だった…
それでも母を 生き切った
俺、あなたが 羨ましいよ…
今はいとこが 住んでる家に
昔みたいに 灯りがともる
あなたは あなたは 家族も遠く
気強く寂しさを 堪えた
あなたの あなたの 見せない疵が
身に沁みて行く やっと手が届く
ばか野郎と なじってくれよ
親のことなど 気遣う暇に
後で恥じない 自分を生きろ
あなたの あなたの 形見の言葉
守れた試しさえ ないけど
あなたに あなたに 威張ってみたい
来月で俺 離婚するんだよ
そう、はじめて 自分を生きる
あなたに あなたに 見ていて欲しい
髪に白髪が 混じり始めても
俺、死ぬまで あなたの子供
久しぶりで千明とフリータイムでカラオケに行き、1965年位のヒット曲から歌えそうな曲を何時間も歌っていると2007年の所で「吾亦紅」が出て来きました。
歌っていると涙が溢れる自分に『何でだろう』と思い改めて歌詞を確認すると、ひとつには母親の胸に飛び込んで甘えられなかったコンプレックスのようなもの?と祖父母の笑顔が思い出された。
母親への想いは正確に分からないけど、祖父母に対しては間違いなく、孝行らしい事は何ひとつとしてしてない後悔の念です。
嫁さんの母親
まだ結婚する前、元々身体の弱かった嫁さんの母親は殆ど出掛けた事もなく、いつも独りで家にいる人でしたから、車に乗るようになってからのデートは、いつも後部座席に乗せて3人でした。
結婚してからも嫁さんから「2人でデートした事は殆ど無いよね」と言われたほどです。
最初は遠慮したけど数回目になると「行く?」と聞けば「行く!」と即答、何処に連れて行っても嬉しそうにしてたから、その姿を見ていると僕も嬉しくなってた記憶しかない。
普通に考えれば親が一緒のデートはあり得ないけど、当時から気にも成らず、嫁さんも自分の親を連れて行き、母親も喜んでるから文句も言えなかったのでしょう。
千明の母親
千明と一緒に仕事をするようになって18年、千明の母親と初めて顔を合わせたのは父親の葬式をした17年前、初めは人見知りする印象の人でした。
千明は転勤族でしたから余り親孝行らしい事も出来ない印象だった事と、父親が亡くなってからは独りのような生活だった事と、僕自身の経験から孝行は出来る時にしておくべきとの思いもありました。
散骨場が実家に近い事もあり、当時は滅多に無い散骨に行くと実家に寄ってお茶したのが最初、何度も行くようになると母親をランチに誘って車で30分ほどの町まで行くようになった。
今では月に1度くらいは散骨と合わせて病院に迎えに行ってランチ、そこから数時間は母親の話しを聞いてます。
老人だから毎回同じ話題が90%だけど、毎回初めて聞いたような態度で質問したり、笑ったりして過ごすと帰りのほうが元気になってくれます。
物を買ってあげたり、小遣いをあげるのも孝行だけど、自分の時間を割いて楽しい時間を過ごさせてあげるほうが、親孝行の度合いは高いような気がします。
『孝行のしたい時に親はなし』を祖父母で実感しているからか、嫁さんの親もそうでしたが、千明も同じ後悔をする必要はないと思うのでしょう。
何故か老婆なんだよね
正確では無いけど嫁さんの母親への言動は、自分の母親との関係の中で無かったことだから、してみたかった事をしていたのかもしれません。
千明の母親への言動は今ならできるの想いと、祖父母にしなかった孝行の真似事をしているのかもしれません。
そう言えば大人に成ってから同級生の家に遊びに行って友人がいない時、何度か母親を連れて食事に行った事もあるのは、お婆ちゃん子だったからかもしれません。

コメント