結論から言うと僕がする程度の未来予測は、普通の思考力があるなら誰にでも出来ること、考えるか、考えないかの違いでしかありませんし、それ以上の未来予測など僕にはできません。
未来予測「する・しない」
前回の『葬儀社』vs『あんしんサポート』立ち位置の違いは19年前、人の死は自然の摂理にも関わらず高額な費用が掛かるのは理解できないと言った言葉に共感したのが、8年間互助会営業をしていた千明でした。
ホテル婚礼美粧・美容室・貸衣裳の美容業社長だった僕に「葬儀屋しませんか?」、この段階で常識ある人の発言ではないと思うけど、18年間付き合ってみると千明自身は至って常識的な人間です。
僕と千明の違いと言えば「20年後の想定をする人間」と「20年後など考えた事もない人間」の違い、時たま20年後を想定した世の中を語る人間が現れ、話しを聞くと納得する内容だっただけです。
それと同時に自分が入会させ葬式した家族を振り返ると「会員は安いです」と言ってたけど、支払いでは百万円の帯が掛かった3束を支払う家族を見る度『こんな大金が掛かるのか、私も貯めなければ』と思いつつ罪悪感を感じてたのだそうです。
家族を騙す片棒を担いでるのでは!?、 の想いが僕の話しを聞いて強くなり、なら家族目線の葬儀社があれば助かる人は沢山いるのだから、オーナー(当時はそう呼ばれてた)みたいな人が葬儀社をすれば良いんだと、思ったままを口にしたのが「葬儀社しませんか?」だったそうです。
なぜ?・どうして?
この感覚は幼少時代からで、祖母から「お前は何処に言っても「はい」と言わず、「何で?」「どうして?」って言うから可愛げが無かった」と言われてましたから、後天的なものでなく天性かもしれません。
千明は理解出来なくても「そうなんですねぇ」と言いますけど、僕は納得できなければ「ん?どういう意味?」と今でも聞きますから、周囲も適当な反応すると面倒になると思うのか、ちゃんと説明してくれます。
未来予測をするには第一として「なぜ?」「どうして?」は絶対条件です。
10年後はどうなっている?
40才の人は10年後に50才になり、50才になれば白髪になったり、禿げたりするのは当たり前の事でしょ!? それが僕の未来予測の基準です。
昭和22年~24年生まれは各々250万人を超え、昭和25年生まれでも240万人近くいますが、2030年になると昭和25年生まれが80才、22年生まれは83才ですから終幕を迎える人が多いのは当然です。
年金受給者が多く、年金を払う国民は減少なれば年金額が減るのは必然、また医療の進歩も含め、加齢による医療費は上がり続けますから、実質収入は減るので生活苦も不思議ではありません。
さらに昭和時代は三世代同居が普通、高度経済成長期でしたから、祖父母の年金は孫の小遣いとして使えたけど、今は老人だけの世帯が増えているので生活費だけで精一杯なのは誰が考えても理解できます。
もっと言えば3才差の夫婦がいたとして、旦那が平均寿命81才で終幕を迎えた場合、妻の平均寿命は87才ですから10年間は独居老人世帯となり、夫婦時代の半額強の年金生活になるのです。
この夫婦が葬式代100万円、200万円を貯められますか?
ってゆーか、亭主の葬式で200万円使い、自分の葬式で葬儀社100万円・寺の布施50万円を貯めるべきですか?
これが僕のした未来予測なので、ちょっと調べれば誰でも辿り着く未来予測でしょ?
今の葬式は根本的に間違っている
未来予測の結果として『今の葬式は根本的に間違っている』の結論に達しましたが『なら、どうすれば良い?』の疑問は湧いても、対応してくれる葬儀社は一社もないから、自分でやるしかなかっただけです。
葬儀社は勿論ですが「寺」も同様で30年以上不景気が続く日本に於いて、布施額を上げ続ける人達を宗教者とは思えないから、宗教者に対しても苦言を呈するのです。
その意味では公営墓地も同様に感じる行政もあるのが現実、それが『葬儀社』vs『あんしんサポート』立ち位置の違いになっているに過ぎません。

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