「輪廻転生」と「復活」

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『仏教・輪廻転生りんねてんしょう『キリスト教・復活』

あんしんサポート葬儀支援センターとして支援活動を続けてきた僕自身は完璧な無信仰者ですが、そんな僕でも「良いかもね」と思う死後の考え方があります。

それが『仏教・輪廻転生りんねてんしょう『キリスト教・復活』という考えかた、2番目に多いイスラム教・4番目のヒンドゥー教もの教えもありますが、今回は日本に多い「神道」「仏教」「キリスト教」に絞って話します。

ちなみに信者数1位はキリスト教23億人、2位はイスラム教20億人、3位の無信仰者12億人、4位がヒンドゥー教11億人、そして仏教5億人と言われてます。

神道(日本独自の信仰)

死後は家の守り神になると言われます。
ただ八百万やおよろずの神と言われるほど「神」は多く、全てが善ではなく邪神もいること、次の人生があると考えられないので「死」に恐怖心が残ります。

仏教

仏教の基本は輪廻転生りんねてんしょうと言われ、前世・現世・来世と転生する考え方、来世がある教えは前向きに成れる可能性がある。

ただ仏教は六道と呼ばれる地獄・餓鬼がき・畜生・修羅しゅら・人間・天界のいずれかに転生するとされ、今回は人間界でしたが、次回が畜生界なら犬や猫で生れてくるとした考え方です。

ゆえに現世に於いて「徳」を積めと言われるのですが、人間より下の4つでは嬉しくないのが本音でしょう。

クリスチャン

「復活」とは転生でなく今の自分が復活の教え、この点が輪廻転生とは異なるので、キリスト教系は本来「火葬」という発想はないはずです。

洋画の中で立派な棺で埋葬する場面がありますが、復活にはミイラ化して保存するから、血液を拭き防腐剤注入で腐敗を防ぐエンバーミングの技術があります。

依って99.9%火葬の日本でエンバーミングは何の意味もありません。

土に還るなど、、

死後は土に還るとか、無に還るという考え方は人の成り立ちからすると自然ですが、人生が終わると考えるので「死」に対する恐怖心は強いようです。

「死」に対し恐怖心を持たないのは称賛

4,000件の葬儀支援で感じるのは、厚い信仰心(特にクリスチャン)の方々は「死」に対して前向きな人も多く「いつか必ず逢える」と考えるようです。

勿論、今まで生活を共にしてきた家族との別れは寂しく悲しい事、それでも『また逢おうね』と考える人達と『死=無』では結構な違いを感じます。

とは言え、信仰心の無い僕のような人間は輪廻転生も復活も心から信じられませんから、無理して信じる必要はなく、誰にも迷惑は掛けないので自分が想うままで良い。

こんな宗教者が信頼できるはずがない

日本人の多くは過去の慣習から何処か仏教思考を持ってる人が多く、仏教は釈迦弟子になると言い、キリスト教系の神は全て同じでないので、無信仰者の僕からすると、各信仰別のあの世があるの?と思う。

仏教で徳を積むべき最たる人達は宗教者自身のはず、でも実態は余裕の無い人にも無慈悲に高額な謝礼を要求する実態を「徳」とは言わんでしょ!?

つい先日、墓守不在の家が寺墓所を閉じると住職に伝えると、屁理屈を付けて50万円よこせと言われたと聞き、なら墓閉じする必要はないと墓閉じを撤回しました。

墓の管理費が年間5千円と聞き「何で100年分を払う必要があるんだ」と撤回を家族が連絡すると住職から苦情の電話が入ったので、当方の理念である「残る家族の生活を守る事が最優先」ですと伝えました。

すると「本当に大変なら当方も考えますよ」と言ったらしいが、他人の生活事情や内情を全く知らない住職が、何を基準に金の有る無しを判断するの? こんな幼稚な戯言を堂々と並べる人を信用できるはずがない。

無信仰者の僕が想う死後

個人的には輪廻転生も復活も信じてませんし、死んだ経験の記憶が無いので死後は分からないが結論「下手の考え休むに似たり」で考えもしません。

大切なのは「今を精一杯楽しんで生きる事」だと思っており、50代までは将来を考えて生きるべきと思うけど60才を超えた人は将来でなく「今」を生きるが大切です。

更に70代の人は目が覚めたら「今日」を生きて、明日も目が覚めたら今日を生きるかな、でも秋に旅行に行こうと計画を立てる等は問題なく、それはそれで楽しめる事、だけど基本は「今日を精一杯楽しんで生きる」で良いと思う。


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