MENU

プロフィール・ちぎら

最近の写真

あんしんサポートの役員です

名 前 千明宮子(ちぎら みやこ)
役 職 執行役員(COO)
法 人 あんしんサポート合同会社
屋 号 あんしんサポート葬儀支援センター
座右銘 情けは人の為ならず
信 条 自分の役割を全うする
性 格 忍耐強く、温厚
資 質 辛抱強く、コツコツ前進

「1」千明の略歴から

・群馬県北部の山村に生まれたが高校からは学校近くで暮らした
・母方の兄弟姉妹が多く、衣服はほぼ従姉のお下がり、お正月は祖母の家に9世帯(約30名)の家族が集まるのが恒例行儀、とにかく賑やかで夜は雑魚寝状態だったのが懐かしい思い出です。
・高校時代は剣道部部長として「心技体」鍛えられる
・リクルートに6年勤務、出産を機に退社して主婦業に専念する
・東京、埼玉、千葉、岡山と国内を転勤したのち前橋市に戻る

人生の転換期
某大手葬儀社の互助会会員募集営業として8年勤務してたある日、行きつけの美容室店長から「うちのオーナーが葬儀の話しを聞きたいらしいけど」と言われ社長室に連れて行かれたのが、今の代表との出逢いでした。

話しを聞くと納得する自分がいると同時に「私は人を騙している?」の想いが湧き、気づけば葬儀社営業の仕事が出来なくなっている自分がいた事から、美容室オーナーに「葬儀屋しませんか?」と私から声を掛けるが「嫌ですよ」と即答される。

それでも責任を感じてくれたようで、代表の提案で葬儀社と寺を片っ端から飛び込んで話しを聞かせて貰ったが、葬儀社は全て「うちは喜ばれてますよ」寺は「布施はお気持ちですから」と言ったが実際に葬式をした家族からの声と違い過ぎると感じた。

真実を知った代表は激怒、以降は私より代表のほうが熱くなっての言動となり、着いて行くのが精一杯の日々だったけど、その結果として「NPOあんしんサポート葬儀支援センター」の設立に至ったのですから、店長に声を掛けて貰わなければ今の自分はありませんでした。

設立から携わり18年になるが、始めた数年は給料は愚か、わずかな手持ちの蓄えを切り崩しながらの日々、でも不思議と不安はありませんでした。

初めの数年は信用してないと言われ続け、葬儀屋で学んだ営業の全てを徹底的に否定され自信を無くした事もありました。

しかし良く考えると儲け第一主義の葬儀屋では余裕の無い人達は葬式すら出来ないと設立したのが、あんしんサポート葬儀支援センターですから、まずは自分の中にある葬儀屋感覚を完全に壊す作業が必要だったと気付いたのは設立から数年後でした。

「2」自分を変えつつ、自分に出来ることをしてきた18年

代表が入会相談に来られた人でも「うちの対象ではないと断る事もあり、どうして断るのですか?」と確認してましたが、それが葬儀支援センターの理念を貫きつつ、自分達の神経(心)を守ることに繋がると分かるまでにも数年を要しました。

代表が22年後の2030年代の事を語ってたけど、心の中では「そんな未来の事は分かりません」が本心、でも18年後の今となってみると言ってた通りになりつつあります。

まだ私に未来予測は出来ませんが、自分に出来る事をコツコツと積み上げるしかないと、補助作業は全て一手に引き受け、今まで未経験だった法務局、陸運局、税務署など初歩的な知識だけ教わり、後は経験の中で自分のものにしてきた18年です。

設立から5年ほど経過した頃でしょうか「経理・法務局・陸運と金銭管理は全て任せる」と言われてからは、たまに「やっていけるか?」と聞く程度で全て任されているので、責任を感じながらも私なりに張り合いのある日々です。

昼夜問わず電話は全て受けたり、入会相談する横で自分の発想との違いを確認したり、全ての雑用をしたり、電話が来れば待った無しの年中無休の日々は決して楽ではありません。

体調が悪いときも動くしか無く、肉体的に辛いと思うことはあっても精神的な疲れはさほど感じません。

想えば代表が断ってきた人達は、横柄だったり、傲慢だったり、お客様扱いしないと気分を害すような人達が大半だった事から、うつ病の多い現代に於いて、これが精神的なストレスを継続させない唯一の方法だと理解できます。

また私の人生の中で、今ほど堂々と胸を張って生きてる自分を知りません。特別な能力の無い私でも人の役に立てる事が今は何よりの喜びであり、代表のいう「天職かも」の言葉は私にも言えるような気がしてます。

お互い若くはありませんので心配はありますけど、我々を頼って来られた家族が、支払い後も温かい心のまま過ごせる事が「葬儀支援センター」としての使命のような気もしている自分に驚きもあり誇りでもあります。