己が資質を知る

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唯一の1番

人には様々な能力の違いがあるのは小学生でも分かること、人生の中で1等賞と呼べるとしたら1つだけ、群馬県には県民の誰もが知る「上毛かるた」があり毎年、年明けに県大会がありました。

小学校の部(4年生以上)と中学生の部があり当時は県内全校で行われていました。

全て個人戦のクラス大会(約50名・6~7クラス)で上位2名だったかな、校内大会に進み、上位4名が個人戦1名、団体戦3名で市大会に出場、市大会で優勝すれば県大会に出場できます。

県内全市と全郡の数十チームが前橋市臨江閣2階の大広間で各々畳3畳を使って44枚の札を競い、3種類ある役札を揃えれば加点され、役札が双方揃わず22枚づつなら「つ(鶴舞う形の群馬県)」を取ったほうが勝ちです。

小学生で2回、中学生3回県大会に出場、優勝1回、準優勝2回、3位2回という結果でした。

5年連続で県大会入賞だから周囲からは「速い」と言われ、結果を見れば納得はしますが、周囲が言うほど速いと思って無かった。この話しは自分に才能があると思って無かったという事を伝えたいだけです。

子供達には様々な資質があり、走る事が得意、勉強が得意、絵が上手、文章力、統率力、ムードメーカー、料理が得意な子もいるでしょう。

得意な分野に進めた子は伸びるけど、苦手な分野に進んだ子が難儀するのは当然、ただ天職でなく適職に進んだ子は好きで無くても結果が出るので、苦手な分野に進んだ子より大変かもしれません。

それが分かったのは本気で嫌だった「あんしんサポート葬儀支援センター」『天職』と分ったからです。

「適職」と「天職」を同じと思ってる方もおられるでしようが、実態は似て非なるもの、その理由は次回にでも明確に記したいと思います。

結論 : 自分の資質を知るべし

冒頭の文章で伝えたいのは、自分の資質は自分でも分からない事です。
多くの場合、子供の頃から親や周囲から言われてたきた利点・欠点が自分の資質と思い込んでいる事も多いけど、それは絶対でなく、子供なりに無理して創り上げてたイメージだったりします。

勿論、頑張って達成する人もいて、親が医者だから医者になるとか、親が教師だから教師を目指す、政治家を目指すなどその代表的なもの、しかし親が〇〇だからと子供に同じ資質があるとは思えません。

親が決めた道を歩く子供は本当に幸せな人生、生き甲斐の持てる人生を歩けるのでしょうか?

僕自身の事を振り返ると肉体労働・コンベア作業・事務職の経験は無いので分かりませんが、どんな仕事をしても一定の成果は出せる程度の能力は、凡人の域内であるようだけど突出するほどの能力はありません。

ただ祖父母の教育の中に『自分より弱い人に優しくあれ』の言葉があったからか、過去の経験を思い起こすと困っている人を見ると放っておけない性格のようです。

友人の父親が心臓病で都内大学病院に入院したが手術出来ず「ヒビの入った丼のようなもの、そっとしておけばそこそこもつが、乱暴に扱えば割れると思って欲しい」と言われ退院したそうです。

暫くは静かに過ごしたようですが「調理場で倒れても良いから仕事をしたい」と言い出したそうで、相談にきたけど簡単に答えは出せません。

数日考えた結果、父親の願いを叶える方法は1つ、僕自身が手伝うこと、迷いましたが「あの時手伝っていれば」と後悔するかもしれないと2年限定で手伝いました。

その後隠居生活をしたのち他界、父親の残した日記には「最後に店を開けられたのは武井君のおがけ感謝しかない」と書かれていたと聞かされ『なら良かった』と思いました。

話しは変わって、彼女(今の嫁さん)の弟が高校受験に失敗したと電話を受けた時、近所の喧しい小母さん達と顔を合わさせたくないと言われ、車で彼女と母親を乗せて迎えにいき、そのまま浅間山あさまやままでドライブ、母親と相談して千葉県の伯母さん宅まで走って送った。

結局、1年間高校浪人して県内トップの高校、国立大学、教員と進み校長で定年したので結果オーライだと思う。

共通してるのは『迷ったら動く』人間のようです。
この手の話しを聞くと「良い人」と言われ、結果はそうかもしれませんが、行動の前提にあるのは自分が後悔をしない為でしかありません。

結婚してからも、いつも母親や弟達が一緒で「2人だけでデートした事は殆ど無かったよね」と何度か言われましたが、嫁さんからすれば親孝行の真似事にはなったようで笑顔です。

最近で言うと千明ちぎらの実家は散骨場から近いので、散骨に行く時は千明の母親を連れてランチしながら数時間話しを聞く時間をとるようしています。

同居してる息子家族はいるのですが、母親が話しをすると「それ聞いた」と言われるらしく、話が出来なくなるらしいので娘が話しを聞いてくれたらストレス発散になるからです。

以前聞いた話が90%、初めて聞いたような素振りで質問しながらは忍耐も必要だけど、帰りは元気に手を振る母親を見ると「ま、いいか」と思う自分がいます。

良くも悪くも、それが自分

良く分からないけど相手が喜んでくれると嬉しくなる性格? だけどボランティア活動はやった事もなく、やりたいとも思わず、考えた事すらないから理由や基準は自分でも分からず、葬儀支援を考えると、葬式が好きな訳じゃないから葬式である必要は無いんだと思う。

正直なところ入会相談に来た人全て同じでなく、気合が入る人もいれば、話してるうちに断りたくなる人もいるから、誰に対しても同じように考えられるほど人間は出来ていない。

他人の事は分からないけど、僕は我慢し続けられる人間ではないから「根は愚図」「我慢は苦手」「良い人演じるのも嫌いだから嘘は少ない」「嫌な人と関わりたくない」「物事を損得で考えない」「お金には綺麗でいたい」「誰にも媚びない」「やる・と言ったらやり抜く」「勝気・他人と比較しないので負けず嫌いとは違う」「集中力はある」「10年程度の未来予測は得意」「地位・名誉・世間体・見栄は比較的少ない」

書き出せばまだまだあるけどきりがない、ようは『これが素の自分との自覚があれば良い』自分の資質を否定せず、自分の本質が分かれば自分を活かす方法も見つかり易い。

幸せな人生を歩きたいなら、自分に嘘をつかず、ありのままの自分を肯定する事からじゃないかな。



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