良い人を演じるな

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人は何故良い人を演じるのだろう

新人が入社してくると係長、課長、部長といった中間管理職の多くは良い人を演じる傾向が強く、この傾向は会社だけでなく近所や友人間でも普通にあります。

僕自身は全く違うので理解できませんが、良く言われる『外面の良い人』と同じような感覚なのでしょうか? 今回はその辺りを紐解いてみたいと思います。

結論 : 良い人を演じるメリットはない

いい人を演じるとは、例えば「君を信用してる」と言ったりする訳だけど、初めて逢った人間を信用できるはずはなく、日本人流社交辞令なのでしょうが言われた当人は言葉のまま受け止めるはずです。

言った側は単なる社交辞令で気にも留めてませんから普通に新人として接触するけど、言われた側は信頼されてると思っていたら「えっ!?」から始まり段々嫌な人になっても不思議ではありません。

信頼とは突然生まれるものでなく、ある程度の時間を掛けて互いに築くものです。

僕はあなたを信用してません

千明と初めて出逢った時、今の葬式に対する疑問をぶつけると、互助会営業が出来なくなった言うので、まずは葬儀業界の実態確認をしようと葬儀社と寺を片っ端から訊ねて話しを聞いたのは、家族目線の葬儀社を探し出して家族の価値観に合う葬儀社紹介を始めようとしたからでした。

約2か月掛けて動き回りましたが、結論を言うと自信を持って紹介できる葬儀社は無く、自分達で施行する以外の道は無いと確信すると「嫌になったから辞める」「亭主から辞めろと言われた」程度の感覚で始めるべきではないと思い、本気度を知るための手段として「辞めます」と言わせるような言動を続けた。

当然の事ながら、そんな態度を取る理由を聞かれた時は「僕はあなたを信用してません」とどめの様な発言までしたのは、葬儀支援センターの会員となる人達からしたら、設立から数年後に事業廃止では困るし納得できませんから、最低でも10年、できれば20年以上は続ける覚悟が必要だからでした。

もし簡単に辞める程度の覚悟なら、すぐに辞めて貰い「本気でやろうとする人」を探すべきだからで、過去の管理職・経営者経験から3年以内で辞める人なら採用する必要はないと考えるからです。

もし「私を信用できないなら辞めます」と言ったら「はい、どうぞ」と言ったでしょう。

大事なのは僕がとう思うかではなく、支援活動を始めた直後に僕が人生の幕を閉じる状況になったとして、葬儀支援活動を貫く覚悟が有るか無いかが一番大事な点だったからです。

言われた側は辛いと思いますけど、それが本音だし真実ですから、支援活動を続ける中で互いに信頼する関係になるか、若しくは信頼に近づけば良いだけの事です。

初めての2年間は信用してませんから、最初の目標となった「5万円で骨壺に納まれるプラン」達成後の目標は伝えても「なぜ創り出す必要があるのか」までは伝えず、最初の目標が完成した3年後の10日後に発生した東日本大震災の騒ぎが納まってから、最終目標以外の目標は全て伝えた記憶があります。

「信頼」とはなんぞや

嫁さん・子供・家族だって全面信頼するのは簡単ではありません。
親戚になれば10人いて1人いれば上出来です。
では他人である仕事仲間を信頼するとは具体的にどういう事でしょうか?

経営の中枢を任せられる事、口先の「信頼」に価値はありません。
千明ちぎらから見た武井という人物は、一緒に働きだしてからの3年間はことごとく否定されるし、仕事に対して容赦のない冷血人間で怒ると怖い人だったはずです。

3年後から突然「経理事務」「金銭管理」「各官庁書類作成」を教え、2年後には「今日から経理関係は全て任せる」と宣言してからは基本的に口出しは一度もしていません。

職場に於いて、これ以上の信頼があるでしょうか?
だから本当に信頼に足る人物か否かを正確に見極める必要があり最低でも数年間を要するのです。
大事なのは能力でなく、やる気、努力する姿勢そして正直さです。

初めは「良い人」が段々嫌な人になるのと、最初は「嫌な人」だけど自分次第で信頼してくれる人、あなたはどちらの上司や仲間が良いですか?

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