「諸行無常」ほんと、そう思う

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意味

諸行無常しょぎょうむじょうとは、この世の万物は常に変化し、不変のものは何一つないという仏教の不変の真理、一瞬も同じ姿に留まらず、生じたものはいつか必ず消え去るという流れを指す熟語。

高長期の後は衰退期が訪れる経験も大半の人はしており、不変の真理は歴史は勿論、ある程度の人生経験をしている人なら納得のはずですが、サラリーマン最後の転職をした会社の社長は「日本はこれからも成長し続けるんだよ」と言い続けてました。

「過去の歴史に無い事、経済成長と好景気が30年も続いた今こそ不景気に備えるべき」と主張したけど意見が合いませんでした。

1年間業界を離れましたが周囲の勧めもあって似て非なる理容業の問屋に就職、退職した美容業問屋は部長になった頃にはバブル崩壊前でしたが、不渡り手形を出して倒産しました。

法人役員から35才で起業、その2年後にバブル崩壊した時点で1億円の負債を抱えてましたので、3年掛けてホテルの婚礼美粧からの撤退を進め、ホテル依存から脱却しつつつ路面店の強化に切り替えました。

不景気になる美容業界の想定は当たり、美容業界は個人能力に寄与する点が多く、マニュアル化できない事、一定以上の能力がある人の場合、最終的には将来の敵を育成する事も分かりました。

また女性が主体でもあり結婚、出産、育児は付いて回り、何処まで行っても人材問題は解消せず、美容業の経営に意欲は湧かない自分も分かりました。

ただ20年近く頑張ってくれたスタッフを会社の都合だけで排除できず、将来生活の基盤くらいは造ってあげたいし、僕自身も人生最後の決断になると思ってました。

そこで能力のある人は「美容室」、能力的に欠ける人にはアルカリカラー・酸性カラー・自然植物カラーなど、国内初となる「ヘアカラー専門店」なら特別なセンスが無くても可能になると模索していました。

その事は当時の店長にも話したけど理解は出来なかったようですが、「パーマ屋さん」「美容室」「カット&カラー」そして分業化と美容室業も時代に合わせて変化していくものです。

流れで始めた美容業経営、借金返済があるうちは我武者羅に頑張れたけど、借金が無くなると気力が湧かない自分を自覚しながらの数年間は過ごした。

裁判所から突然の手紙

ところが2007年9月、突然八王子裁判所から父親逝去の一報が届いたのです。

そこからは自分の意思は無視させるほど強烈な流れで半年後にはNPO法人申請、2か月後に法人設立と手紙が届いて動いた半年後には「あんしんサポート」を設立してました。

美容業の法人閉鎖まで3年間、どうすれば美容業の社員、千明、そして家族も含め全員にとって最善か、それぞれに準備、ところが僕の意思を無視した流れは大嫌いな葬儀屋をしろと言わんばかりでした。

嫌々ながら「あんしんサポート」で葬儀支援活動をしながら最初の目標となった『5万円で骨壺に納まれるプラン』の達成をしながら過ごすと、1年目より2年目、2年目より3年目と忙しくなるにつれ、葬儀支援活動は自分にあってる?と思い始めました。

全て無償で譲る

美容室だった物件の家主企業の提案は「全改装費」を家主負担、但し家賃は月額5万円増ながら家賃同額値引き、5年間借り続ければ、撤退しても一切の負担は要らないので、家賃は変わらず改築費用は全て家主企業負担、そんな事って普通あり得ますか?

40代に突入した店長の将来を考えた時、さぼど多くない退職金より、全顧客、全器具類の全てを渡せば、後は自分の能力次第で将来の生活設計もできるはずです。

後は、あんしんサポートで千明の食い扶ちさえ確保すれば良く、そこは自分次第これが当時の僕が出した結論でした。

2012年4月30日で法人閉鎖、手続き完了は半年後の10月31日、あんしん館オープンが11月1日でした。

諸行無常

過去を振り返れば常に動き続けて今があるのは、我々だけでなく全ての個人、法人も同様であり、バブル崩壊、コロナ感染、地震など予測不可能な事も多々あるのが普通です。

2026年の今も自民党大勝利、イラン攻撃による原油価格の高騰など、予想できない現実が動いてるのが分かると思います。

何事も良い事ばかりは続かないけど、逆を言えば悪い事ばかりも続かない、良い状態なら『備えあれば憂いなし』『転ばぬ先の杖』、悪い状態なら『止まない雨はない』『明けない夜はない』です。

小学・中学でボーイスカウトで活動してましたが『備えよ常に』がモットー、その通りだと思います。

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