言葉より行動

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各自の常識で判断する

「ど」素人が、あんしんサポート設立前から「国保から支給される葬祭費5万円だけで骨壺に納まれるプランを創る」と言い続けたけど、当時は10万円でも格安な時代、実際問題として5万円で骨壺に納めるには、赤字覚悟でしたから信用されなくても当然でした。

だからでしょうけど、間接的でしたが業界の人達を筆頭に「胡散臭い」と言われてたのは知っています。

でも本気だから例え最終的に完成しなかったとしても、「嘘」を言ってた訳じゃないから問題ないと気にもしませんでした。

設立初年度は10万円でも不可能だったけど、こんな所で立ち止まってたら進めないと、赤字覚悟の直葬プラン89,000円を路面掲示した事から前進し始めました(一銭も要らないお葬式

2008年に公言した3年後の2011年3月1日完成(東日本大震災10日前)3年掛かったけど諦めようと思った事は一度もありませんでした。

当時NPO法人でも唯一の存在だった事から、千葉県2市の市会議員さんが千代田区飯田橋で僕の単独後援会を設定してくれた事から全国で知る人ぞ知る存在となったようです。

5万円火葬プラン完成後は数紙の新聞で記事として掲載、1年後にはNHK記者から取材希望の連絡が入り、数カ月間「記者・カメラ・音声」の3人が着いて周り、最終的には8分30秒ほどの全国放送を2回してくれた時点から、誹謗中傷は無くなったと記憶してます。

10年間続ければ信用になる

不信感は葬儀社からだけでなく、寺、各業者、そして一般の人達なども同様だったはず、唯一信用してくれてたのは、すでに10年以上賃貸してた家主企業だけかもしれません。

しかし10年間続けると「信用」となるようで多数来館してた住職の中から、あんしんサポートの活動に共感してくれる方が現れ、謝礼額は当方都合で必要な時は電話してくれて良いと言ってくれました。

周囲からは「赤字で良く続けられたね」と言われましたが、我武者羅がむしゃらだったので「あっ」と言う間の10年、この感覚は千明ちぎらのほうが強いようです。

口だけの人に注意

僕には姉妹、従兄で8人いますが、相手も含めると16人のうち11人は信用できますけど、5人は信頼に足らない人物、ちょっと多い気はしますが信用できない政治家80%と言われるからましかもしれません。

信頼に足らない人物の特徴として、言ってる事は立派だけど行動が伴ってない事が多い、逆に口は悪くても心根は優しい人もいて、その代表的なひとりにお婆ちゃんがいました。

「女帝」の言葉がピッタリで家族の中で逆らえる人は、お爺ちゃんも含めひとりもいませんでしたけど、娘である伯母達に聞かされたお婆ちゃんは心根は優しい女帝の印象です。

「乾燥芋」と「落花生」を各大ザルに山盛りしておく

終戦直後の物が無い時、買物に来た人達に「好きなだけ食べておくれ」と言って、一緒に来た子供連れの人達にも振る舞ってたそうです

生活が大変な人には余分に入れてあげる

子沢山だったり、生活が大変な人には「これ2切れちょうだい」と言われても、黙って家族の人数分を入れてあげるような人だったらしい

子供達より丁稚さん達優先

当時は各自のお膳があったそうで、祖父母が上座に座り両側に子供達、続いて丁稚さん達が座るのですが、お膳にさけの切り身が乗ると、子供達は尻尾に近い部位、丁稚さん達は真ん中の切り身、長女が文句を言う

すると「働いているのはお前達じゃない。お前達も働くようになれば同じにしますよ」と言われたらしいが、父母のお膳も尻尾に近い部位だったので何も言えなっかたそうです

外人さんにも優しい

市の中心部ですが、当時は近所に朝鮮の人達も沢山いたそうですが、何処の国の人でも差別せず優しかったから、近所の人達から慕われてたと伯母達から聞いたと従兄から又聞きしました。

「自分より弱い人に優しくあれ」「商人に大事なのは信用と思いやり」の教えは誰かに教えられた事でなく、祖父母自身の生活から得た教訓なのでしょう。

反面教師はすぐ、教師は後で分かる

父親から言われてた「何をするのも自由だけど自由の裏に責任がある事だけは覚えておきなさい」は、倒産前夜に単身蒸発したので、思い切り説得力に欠ける反面教師となりました。

一方、倒産という息子の不祥事にも何も言わない祖父母だったのは終幕を迎えてから気付き、改めて過去を振り返ると母親は祖母の悪口を何度となく言いましたが、祖母から母親の悪口を聞いた事はない。

従兄の父親は家にお金を入れるのを見た事が無いらしく、母親はあちこちで頭を下げて借金してたそうで、茨城県にいた頃、子供だった従兄が見張り役で叔母さんが大根畑から盗んで食べた事もあったそうです。

話半分も聞けない、、、

そんな父親が反面教師となり、真面目に仕事をして同級生より稼ぐようになったそうです。弟は都内に住んで子供4人いるけど行いは父親そっくりだそうです。

従兄の母親の葬式では、何十年ぶりで弟の話を聞いてると責任ある立場で働いてる印象は、僕だけでなく千明も同様だったけど「真逆だよ」が我々の話しを聞いた兄の言葉でした。

結局は何を言うかでなく、何をしたか、経営者であれ、同級生であれ、仕事仲間であれ、その人物がしてきた10年間の行動が全てと思って良いようです。

言えば言うほど信用を無くすのは明らか、なのにどうして嘘を言うのでしょうか? 一度「嘘」を言ったら、その嘘を隠すために更なる嘘を重ねるような気がするけど、、、

僕が嘘を言わなくなったのは、、

じゃあ、僕自身は嘘を言った事が無いのか!?と言われたら「NO」小さな嘘は数えきれないほど言って来たと思うけど、嘘を言わなくなったきっかけは『執着を捨て見栄を張らなくなった』事だと思う。

葬儀支援は生活弱者が主対象、我々も同様の生活環境でなければ対象者の気持ちが理解できません。食えない事業だから対象者の本音が理解できると分かってからは、執着も見栄も張らず相談に乗れた。

依頼した家族が本音で「お金が無い」って言えないと本当の支援に成らないから『気安く話せる』って凄く大事なんです。

葬儀支援と葬儀社を混同してる人には理解できないだろうけど、お客様扱いする葬儀社の対応は「お金が無い」などの本音を言わせない空気を作るわけで、多少高くなっても構わない人なら問題ないけど、本当に大変な家族にとっては決して望ましい事ではないからです。

「お金が無いんだれど、どうすれば良い?」ってすんなり言える相手と認識されなければ意味はありません。その意味では姉妹に挟まれた長男だからか、本来の僕は比較的言葉は柔らかいし聞きようによっては女性っぽいらしい。

出逢った頃の千明は僕を「オカマ」だと思ってらしい、それを聞いてから山間部で育った千明の地元の男性なら、何ていうかを聞いたりしつつ頑張って群馬弁を使ってました。

ただ、どの程度使えば自然な群馬弁か分からず、やり過ぎる傾向が強くなり、一時は「すんげー群馬弁の人」と言われた事もあります。でもそのお陰で地元の人じゃないと思われる事も無くなりました。

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