なぜ存命中でなく 死後騒ぐ不思議!?

素朴な疑問・・・
人が死ぬと親戚まで集まり、地域によっては隣保まで集まって葬式の大騒ぎする。52才までの僕は、何の抵抗もなく、それが当然と思ってましたが、37年前家業倒産で蒸発した父親逝去の一報が八王子裁判所から届いたのを機に、死後騒ぐ現状に疑問を持ち始め、葬儀支援数が増えるに比例し「変だ」「間違ってる」と確信するようになりました。多くの家族は葬式の何が分らないかさえ分らないと言います。この14年間で感じた疑問を書き記しますので、是非みなさんも一度じっくり考えた上で、これから迎える我が家の葬式に役立つ事になるでしょう。

代表
代表

その詳細は14年間の実践記『生き方の葬儀屋さん誕生までの経緯』に執筆中、また14年間の葬儀支援で『強く心に残ったお葬式他』も執筆中です。つたない文章ですが、僕自身の言葉で書いてますので、一度読んでみてください。

人の死は特別なもの? いいえ自然の摂理です

人の死を冷静に考えれば、特別なものでなく全ての人間が必ず迎える自然の摂理だとわかります。一緒に生活してきた家族、自分を産み育ててくれた両親の死は自分にとって、とても大きな衝撃なのは間違いありませんし、考えたくも無い事ですが、その結果『孝行のしたい時に親はなし』これを実感してる人は沢山おられるでしょう。なら、死後の葬式を最高に豪華で派手にすれば後悔は無くなるのでしょうか? いいえ後悔が消えることはありません。では、どうすれば後悔せず済むのでしょう。答えはひとつです。後悔したくないければ死後でなく『生前、存命中に後悔の根を取り去っておくしかありません』後悔の根を取り去れるのは存命中だけ、だから後悔になるんです。如何ですか? ここまで納得できましたか?

納得できたなら、すでに答えは出ています。大事なのは死後ではなく生きてる時です。出来れば『元気に動けるうち』その時期が過ぎてるなら『連れ出せるうち』それも駄目なら『意思の疎通ができるうち』この段階を過ぎたら後悔するしかありません。後悔したくないなら『いつか』『あとで』でなく『すぐに始めることです』

後悔しない為にできること

・できるだけ時間を作り逢いに行き、一緒に過ごすことが全ての大前提です
 その上で、様々な面から孝行の真似事をしましょう。
・行きたい場所があるなら連れて行ってあげましょう
・逢いたい人がいるなら逢える段取りをしてあげましょう
・食べたいものがあったら食べさせてあげましょう
・他にも個々で思いつくことをしてあげましょう

本物の孝行になれば確認できます

人は例え親子や夫婦でも、看病して貰ったり、何処かに連れて行って貰ったりと、世話になれば遠慮があるものです。簡単に言うと相手が遠慮してる間は本物の孝行になってません。言い換えれば『相手が我が侭になったら本物です』何かして貰った時、遠慮してたら100%楽しめませんが、遠慮してない時は100%楽しめます。自分に置き換えれば理解できます。

結論1、葬儀とは家族との別れを受け入れる為の時間(期間)のこと

あんしんサポートは『葬儀』と『葬式』の定義を異にします。
『葬儀』家族との別れの時間
家族との別れを互いに受け入れる為の時間、ゆえに対象者毎に必要な時間が異なり、すぐに受け入れられる対象者もいれば、何年も掛る対象者もいるし、死後引きずる事もあります。


・とにかく存命中にしか出来ないことをする事です
・お金を使うのも存命中です
・両親、配偶者の為と考えがちですが、実際は自分が後悔しない為なのです

結論2、死後の葬式は温かく送ってあげること

『葬式』使用した身体への感謝と処分
今生で使用した故人の肉体の処理、処分、供養をすること。死体は故人自身が処分できませんから、故人に代わって温かく送ることです。その際に使う「ありがとう」には2つの意味があり、故人に対する感謝と、長年使用した身体に対し故人に代わっての感謝。


》温かく送るとは
・温かく送るとは、豪華で派手な葬式ではありません
・普段から深い親交のあった人だけで集まり、故人との思い出を語りましょう
・信仰があれば信仰に沿い、無信仰なら宗教者は要りません
・普段疎遠な親戚や義理の会葬者も要りません。極論を言えば疎遠の家族も要りません
・但し他人でも普段から親交の深い人は来て頂きましょう

結論3、葬式で絶対に無理をしてはいけません(親不孝です)

あんしんサポート格言
『葬儀は大事、でも残る家族の生活はもっと大事、だから絶対無理をしてはいけません』
・葬式で無理をし、葬式後の生活に支障が出たら、両親、配偶者は喜んでくれますか?

最後に「最高の供養」とはなんでしょうか

》祖父母、両親、配偶者にとって最高の供養とはなんでしょう。
・豪華で派手な葬式をすることですか?
・沢山の会葬者が来てくれる葬式ですか? 
・お坊さんを始めとした宗教者に拝んで貰うことですか? いいえ全て違います。
『後に残る愛する家族が、毎日を元気な笑顔で過ごす姿を見せ続けること』です。
14年間、千件以上の葬式をしてきましたが、これ以上の供養を知りません。

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