葬儀支援内容は葬儀屋と寺が反面教師

この業界に引きずり込まれるように入った時から、自分は葬式の「そ」の字も分らない人間と思い込んでましたが、知りもしない葬儀屋を胡散臭いと忌み嫌ってきたのか、誰にも教えられず、すべき支援内容が見えたのか、ずっと自分でも不思議でした。ところが今回のブログや執筆にあたり、改めて自分の過去を振り返ってみると、葬式経験が無いどころか普通の人より多く、その経験が葬儀支援内容に活かされているのは間違いありません。順不同ですが以下が経験した葬式です。

・父親の兄、叔父が51才胃癌で逝去(従弟の家は経済的に余裕がなく生活が精一杯)
・祖母、病死(家業倒産以降は公営住宅で70代祖父が勤めての生活)
・父親の姉、叔母が肝臓癌で逝去(葬式当時は金はあったと思う。後に倒産)
・姉の夫、義兄が事業の失敗から自死(事業の失敗が原因だったようです)
・姉、46歳で胃癌で逝去(自分のサラリーで2人の子供を養っていました)
・母親、癌で逝去(母親と妹のサラリーで生活)
・祖父、癌で逝去(最後は娘達の支援を受けて生活)
・従弟の父、叔父が病死(家業倒産後でしたから長男の従弟が喪主)
・父親の姉、叔母が病死(保育園で付き添ってくれてた叔母)
・嫁の母、風呂場で心筋梗塞死(風呂場で心筋梗塞、嫁の父が喪主)
・父親逝去の一報が八王子裁判所から届く(たった一人、火葬だけのお葬式)
・従弟の母、叔母が病死(従弟が喪主、あんしんサポートが施行)
・嫁の父、老衰で逝去(義弟が喪主、あんしんサポートが施行)

書き出すと家族親族だけで13件(2件あんしんサポート施行)もの葬式経験に自分で驚く。その度に葬儀屋と寺の言葉や対応に疑問を抱いてきたのでしょう。ただ殆ど記憶はなく、お恥ずかしい限りですが母親の葬式は全く記憶にありませんし、全て鮮明に覚えてるのは弊社施行だけです。僕がお馬鹿過ぎるのかもしれませんが、人は嫌な記憶を無意識に消そうとするのでしょうか――、ひとつ、ひとつの葬式を振り返り、葬儀屋と寺で記憶のある部分を書き出してみました。

『葬儀屋』
・とにかく金儲けしか考えておらず、家族事情を真剣に考えてくれた葬儀屋を知りません
・「供養です」「最後ですから」そして同調する親族を持ち上げて売りつける商売
・残念ながら葬儀屋で「人」として信頼に足る人物に出会った事がありません
・これでも伝説の営業マンと呼ばれた事もありますが、自分と真逆な葬儀屋の営業
・追加必須の内容で葬式パックと称して販売できる心理が理解できない
 (自動車を買ったらハンドルとエンジンは別途と言われてるのと一緒)
・普通は、一般的には、などの言葉を使った誘導商法と脅しの霊感商法としか思えない
・家族より住職の言い分を優先する態度も理解できませんでした
・支援事業開始前50年以上生きて来ましたが、これほど信頼できない業界を知りません
・建前の笑顔、建前のだんまり、腹の中で舌を出してる姿が見え見えです

『寺の住職』
・布施は気持ちと言うが料金メニューがあり、少額なら足らないと言う二枚舌にうんざり
・法話では素晴らしい話しをするが実生活は違う(檀家も分かっているから尊敬はない)
・なんで偉そうにものを言うのか? 自分は偉いとでも思ってるのでしょうか???
 (提供内容と対価は完全に暴利商売、ホテル以上の接遇で対応しても不思議ではない)
・布施額の決め方は近隣寺の談合か、寺の経営の成り立つ料金、檀家の事など考えてない
・住職は付き合いと言うが檀家は付き合いとは思ってません(墓があるだけです)
 (公営墓地なら年会費のみ、お付き合いとは言われません)
・布施30万円、50万円、読経と戒名に、それほど高額な価値を感じません
・読経を唱え戒名を付けねば、あの世に逝って浮かばれない、霊感商法でしかありません
・世界5番目の信者数の仏教が前にいる40億人にものを言っても説得力がありません
 (キリスト教20億人、イスラム教12億人、ヒンドゥー教8億人、仏教3,6億人)
・本来インド仏教に戒名はありません
・経はパーリ語、サンスクリット語の音を漢字にしたもので同じ意味に成らない
 (解りやすく言えば暴走族の「夜露死苦」と大差無い発想)

父親逝去の一報から僕の意思より強い流れに流され辿り着いたのが、葬儀支援という無二の事業でしたが、初めての業界にも関わらず、迷うことなく常に目的を持って走れたのは、過去の葬式経験で感じてた葬儀業界の疑問、不審、不満から来る希望、要望を形にしただけなのでしょう。

誘導商法と霊感商法で余裕があろうが無かろうが、一切構わず高額な葬式をさせる葬儀屋と寺、お金が無ければ借りろ、ローンで払えば良いと、残る家族の生活など一切考えない対応に腹が立っていたのは間違いありません。設立前の僕を側で見ていた千明からも、葬儀屋と寺の言ってる事を真に受けた代表だったけど、それが建前や嘘だと分った時、代表に火が点いたと言われましたが、頭の片隅にも残って無かった過去の記憶を蘇らせてくれたようです。

怒りとして目覚めさせる為、葬儀屋や寺は凡人とは違う素晴らしい人達なのだと思わせた上で、過去の実体験を蘇らせたのだろうか――、息子の性格なら、忌み嫌ってる葬儀業界の仕事を支援事業として始めるだろうと、亡き父親? は考えたのでしょうか、考え出すと迷路に入りそうです。

いずれにしても、金銭的に余裕があり、過去の葬式の流れを良しとする人は、今まで通りの葬式をすれば良い訳で、それをとやかく言う気は全くありません。しかし僕自身や親戚が経験してきたように、生活だけで精一杯の人達に対しては違います。残る自分達の生活を壊す葬式など絶対にあってはならんのです。まず自分達の生活を確保する事が最優先、その上で何ができるか――、と考えるのが当り前だと理解し肝に銘じるべきです。

ただ素人さんが突然、自分達に最適、最善の葬式はできませんから、もしもの時に相談に乗って貰え、助けて貰える葬儀屋を自力で探しておく事です。まずは知り合いで葬式経験のある人達に葬式して感じた事、利用した葬儀屋の事など本音を出来るだけ沢山聞きましょう。中には良かったと紹介してくれる事もあるでしょう。その葬儀屋に連絡し、出向いて本音で話し、どうすべきか聞かせて貰う事です。あとはあなたの心が勝手に良し悪しは決めてくれます。

但し簡単には見つからないでしょう。自分が納得できる葬儀屋が見つかるまで、何軒でも相談してみることです。例えば、あんしんサポートの料金面と内容面の合算で言えば、日本で一番安いと言っても反論されませんが、もうひとつ重要な「人」としての相性があります。

千明はともかく、僕は個性が強い癖のある人間ですから、相性が合わない人も沢山いるはずです。みんなが良い、親切だと言っても駄目な人もいるわけです。料金と内容は確かに大きな要素に間違いありませんが、葬式施行する人間と家族との相性はとても重要な要素です。最近は滅多にありませんが、相性の悪い家族の葬式は、期間中からずっとモヤモヤしてますし、受けなきゃ良かったと思うのが本音です。

こんな時は、いつもより家族の心に寄り添う度合いが減ってる可能性が高い、勿論、最低限の合格点は確保してますが、その場、その場で家族にとって付加価値のある言動が出来るのが、僕の持ち味だし、多くの家族はその点に感動してくれるのでしょうが、モヤモヤしてたら、そのアンテナは動いてませんし、家族も同じようにモヤモヤしているかもしれません。

葬式は愛する家族を送る大切な時間です。だから豪華で盛大にと言ってるのではありません。火葬だけの葬式でも全く問題ありませんが『最初から最後まで温かく送る』これだけは厳守して欲しいし、もしかしたら送られるのは、あなたかもしれません。だからこそ健康な今からじっくり探しておくことです。

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