第十一話 突然NHK記者から取材依頼

あんしん館設立から2年、年が明け群馬県は肌を切るような冷たい空っ風が吹く大寒に入った頃、何の前触れもなく突然、NHKの記者と名乗る人から一度伺いたいと連絡が入る。この頃になると新聞記事で何回も掲載して貰えた事で、一般葬儀社とは異なる存在として少しだけ知名度は上がってましたが、NHKから取材要請が来るとは思ってませんから驚きました。

最初は記者だけ来て、取材要請の経緯など話してくれましたが、他県のNHKで制作、放送された葬儀屋さんがあったらしく、それを見た群馬県の人達から『もっと家族目線で葬儀支援をしてるNPOがあるから是非取材して欲しい』と何件もの手紙やメールが届いた事から、とりあえず話を聞かせて貰おうと来られたようでした。

最近は葬儀屋も宣伝する時代になりましたが、14年前は宣伝らしい宣伝はなく、料金には一切触れず『真心の葬儀』『24時間対応』など非常にアバウトな内容ばかりの謳い文句くらいで、葬式の宣伝は難しくクチコミ紹介も難しいと思ってましたから、全国放送して貰えたら有難い話しです。記者、カメラマン、音声の三人一組での取材、8分30秒の放送に費やした取材時間は2か月に及び、数時間はカメラを回してましたから、どんな内容になるか検討もつきません。

一番難しいと感じたのは、葬儀支援の前例がなく、取材する記者もイメージが湧かないわけですから、葬儀屋と葬儀支援の違いは説明より現実を見て貰うほうが理解し易いと思っていた所、同じ家で3回目の葬式(祖父、父親、今回は叔父)依頼が入ったので、撮影のお願いをすると快く了承して頂き、客観的に見る記者の立場でも、葬儀屋と葬儀支援の違いを肌で感じて貰えたのは大きかったです。放送最後の場面で「誰もが人生の終わりを心配することなく生きられる世の中になって欲しい。武井さんはそんな思いを胸に寄り添い続けます」と記者自身の声で語ってくれてますが、この言葉は僕が伝えたものでなく、記者さんが感じたものを言葉にしたもので、以降は当社理念のひとつとして使ってます。

ホームページに埋め込んである動画は群馬県と周辺地域で放送されたものですが、全国放送もして貰えた事で、放送直後は全国から問い合わせが入り、葬儀支援を求める家族が全国に沢山いる現実も分り、間違いで無かった実感もできました。

「葬儀屋」と「葬儀支援」の違い
・葬儀屋とは葬式を家族に代わって代行施行するサービス業のことです
・葬儀支援の目的は残る家族の生活を守る事、葬式はその手段なのです

この言葉だけでは分かりずらいかしれませんが、この違いを頭の中入れて、これから先の文章を読んで頂ければ、両者の違いは徐々にハッキリしてくるでしょう。

ここまでの話しを振り返って頂ければ分るように、葬儀支援は僕の意思とは別の流れで始まりました。ちょっ振り返ってみましょう。

① 37年前蒸発した父親逝去の一報が裁判所から届く
② 父親の最後を看取ってくれた方にお礼も含め、逢って話しを聞かせて頂いた
③ そこで初めて直葬と散骨という未体験の葬式を知るが、その満足感は何処から来るか気になる
④ 葬式を調べたが分らず、葬儀社勤務の千明を店長が人選して連れてきてくれた
⑤ 今の葬式は変だと主張すると千明から反論でなく納得と言われる
⑥ 何度か話してるうちに千明は葬儀社の営業が騙してるように感じ始め出来なくなる
⑦ 千明から葬儀屋をしませんか? と言われるがその気は皆無の為、千明の食える方法を探す
⑧ 葬儀屋と寺を周って話しを聞くが、素晴らしい事ばかり聞かされる
⑨ しかし葬式をした人達曰く、葬儀屋と布施も高過ぎると業者の話しとは真逆
⑩ 葬儀屋と寺は嘘つきだと分り、闘争本能に火がつく
⑪ NPO申請中、一軒の葬式依頼が入り近くの葬儀屋に頼むが、最悪の葬儀屋だった
⑫ とても紹介など出来ないと自社施行するNPOへと進路変更する
⑬ 自分で携わるなら葬儀屋でなく、今現在は存在しない「葬儀支援センター」しかないと思う
  最初の目標は「5万円火葬支援パック」を創り出し「一銭も要らないお葬式」の実現でした
⑭ 利用対象者と僕自身の生活ギャップを埋める為、法人閉鎖、全て無償提供する
⑮ 賃貸店舗を返却しようとするが、家主さんに押し切られ「あんしん館開設」する
⑯ 葬式した人から散骨場に使って欲しいと山林を無料で貸して貰うが、その後買い取る
⑰ 千明を始め多くの人達との出会いで、新聞、NHKでの全国放送までされる

僕の意思は、以下の3つだけです。
『父親の最後を看取ってくれた方に逢いに行った事』
『僕の話しを聞いて仕事が出来なくなった千明の収入の道を探そうと業界を聞いて周った事』
『2030年代の葬式事情予測をした事』

いかがですか? 当人は忌み嫌ってる職業なのに、千明という人間を介して業界の矛盾を知らされ、高額な葬式で困ってる人達と会わされた事から出たのが「葬儀支援」事業――、葬儀屋は儲かると言われても当時は社長だし、葬儀屋は根本的に嫌いだから絶対しないけど、葬儀支援が実現すれば「助かる人がいる。将来はもっと困る人達が増える」だから「やれ」と言わんばかりの強い流れ、不思議なのは利用者と同じ目線になる為に、会社を閉鎖して全てスタッフに無償提供しよう――、と何故思ったのかはいまだに自分でも分りません。ただ、その代償として「事業完成に必要な人との出会い」と「食える程度の収入」は確保してあげるからな――、って親父が笑顔で言ってるような気さえします。

「天職」で検索すると、天職を見つけるとか、探すと書いてありますが違うと思います。天職って自分の意思とは関係なく導かれるものです。きっと逃げられるでしょうが、流れに乗れば勝手に進み、知るべき問題点は反面教師で実感させられ、食うに困る状況にはならず、その都度助けてくれる人が現われるなど不思議なことが沢山あります。

あれだけ忌み嫌ってた葬式の仕事は、24時間対応で10年以上休みがとれ無くてもストレスに成らず、生き甲斐さえ感じられる。親父の死を知ったのは妹も全く同じ条件、裁判所に行ったのも妹なのに、その先の流れは全く違い、妹は人生の1ページでしたが、僕は人生が変わりました。あくまでも自分の体験でしかありませんが、これが天職、だから天職なのか――、と感じています。

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