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葬儀Q&A

葬儀Q&A-5 あんしんサポートとは(その他)

年金暮らしの老人世帯、独居老人、諸事情により金銭的余裕の無い家族等の弱者を中心とした家族と、現行の高額葬儀に疑問を持つ家族に対し、残る家族の生活が守れる葬儀を企画施行し11年間で1.000件以上の葬儀支援を実践。 2007年活動開始、2008年6月NPO法人設立から10年活動しましたが、2018年12月NPO法人で活動しても会員メリットは無いと法人閉鎖、2019年1月合同会社に組織変更、現在実質会員数4.000名以上、毎年150名ほど増え続けています

》葬儀は宗教儀式でなく「家族との別れを受け入れる時間」で存命中から始まると定義する事で、お金
 を掛ける事が葬儀ではないと知って欲しい
》誰でも迎える「死」なら誰にでも選択肢があって当然と、超料金で高品質な葬儀を設定、施行
》葬儀だけでなく、遺骨、墓、法要など葬儀後の全てに低料金で対応しています
》事前相談した家族が死後費用の心配をせず安心して日々生活できる相談であることも大切です
》ゆえに、会員対象者も一定基準の中で以下のように限定させて頂いております
・現行の高額葬儀でも問題ない家族はご遠慮頂いております(葬儀社はいくらでもあります)
・謝礼が当方7万円より高額な宗教者の行う葬儀は受けません(宗教者利益の為にしてる訳でない)
・お手伝い頂く宗教者謝礼は7万円(読経、居士大姉戒名、初七日法要付)
・事前相談は必須ですから逝去後の入会と依頼はお受けできません
 但し施設、病院等公的立場からの依頼のみお受けしてます(他会員同様入会金3.000円必要)
・横柄な方、常識に欠ける方など会員に相応しく無い方の入会できません

葬儀を断る。 入会を受けないなど一般葬儀社ならあり得ない事ですが、我々が10年間無休で、たった2人だけで全てに対応しているのは、高品質の内容で少しでも低料金を維持したいからです。 当然我々の肉体的にも限界があります。 それが利用者を限定したり、当方理念に反する人達(宗教者含む)を受け入れない理由であり、現行の高額な葬儀を喜んで引き受けてくれる葬儀社はいくらでもありますから、利用者が困る事はありません

はい、ホームページ掲載の当方パンフレットで次の点を踏まえご確認ください
》各葬儀パックの料金と内容と使用する項目が全て個別写真で明確になっております
》ドライアイス使用量、施設安置時間、葬儀パック毎の実際の写真全て掲載されています
》使用項目全ての単価が明確になっております
》追加や加算条件が明確になっております(深夜料金、搬送距離加算はなく、地域別加算あります)
》素人である利用者が見ても意味不明な項目が一切無いはずです
料金の結論を言えば、誰が計算しても同額になって当然、 この当たり前の事が出来てなければ信用できないのは当然です。 この考え方は、大小問わず全ての葬儀社に言えることです。 料金が明示されてないのは最終支払いが高額葬儀だからで間違いありません。 葬儀社の料金設定は不明確だったり、パック内容だけで葬儀が出来ないなど、一般的な感覚ではあり得ない現実が当たり前にある変な業界です。 全てを明確にすることは業界の向上に繋がるでしょう。
あんしんサポート ホームページ

あはは、本当にそうですね。 僕が開設前に葬儀社周りをした時も全葬儀社で言ってましたし、その後で「うちは安いですから」って言ってましたね。 葬儀社の本当の姿を知るのは利用して支払いをした家族だけですから、出来れば数件の家族に本音を聞くのが一番確実です。 葬儀に出席した親戚や友人知人ではありません。 支払いまでした人ですから探すの大変かもしれませんが、それ以外の方法は無いでしょう

NHKで全国放送してくれた後から何度も言われてますが、残念ながら群馬県前橋市以外にありません。 簡単に言うと「儲からないから始めない」と思って間違いないでしょう。 これは設立前から分かっていましたから設立当初から「本来は行政がすべき事」と言い続けてますが今の状況では難しいでしょう。 全国展開を考えた事もありますが、事業体を大きくすると固定費も大きくなり低料金は不可能になります。 ちなみに単純計算ですが最低限必要な8名体制にすると69.000円が169.000円に跳ね上がる現実が分り、葬儀支援とは呼べないと拡大路線は諦めました。 何でも大きくなれば良いわけではありません。 小さいから出来ることもあると思ってください。 誰かが立ち上がってくれるの待ってますが難しいですね。 そこで今回のFAQ的なブログを立ち上げる事で葬儀に不安を抱えてる家族に対し、情報提供だけでもできたらと考えたわけです。 ただ全国には極々少数ですが、僕に近い考え方をしている葬儀屋さんもいますが不安が大きいのでしょう。 経営者の考え方ですから仕方ありませんし、残る家族の生活同様で、誰も助けてはくれませんから無理は言えません

本当ですね。 客観的に見れば、そう思って当然だし、僕を良く知らない人は皆さん同じように思われるでしょう。 詳細は割愛しますが家業倒産で蒸発した父親逝去の知らせが、37年の時を経て八王子裁判所から届いたのが最初のきっかけです。 その後は色々あって葬儀支援の道へ進めと言わんばかりの強い流れに乗って、気づいたら11年過ぎてたって感じです。 だから葬儀で儲けようとか葬儀屋がしたいと思った事は一度もありません。 世間では「人助け」とか「良い人」と言ってくれますが間違いです。 悪人では無いと思いますが特別良い人でもないし一般的な凡人だし、人助けでなく「自己満足」のほうが的を得ています。 正直葬儀の仕事は忌み嫌ってきましたが、実際に初めて見ると「葬儀支援は天職」と思える仕事でした。 天職だったから今に至り、遣り甲斐、生き甲斐に繋がっているから続ける。 それ以上でも、それ以下でもないと思います。

結論を言うと「完全なる無信仰者」と言えるでしょう。 もしかしたら無信仰という信仰かもしれませんが、その代わり特定の信仰が無いだけに、全ての信仰に対して否定する事もありません。 ただ各信仰の中には「はぁ!?」と思う事は多々ありますけど、僕や周囲に支障が無ければ我関せずです。 不思議なのは起業前は葬儀の「そ」の字も知らない人間だったと思いますが、あんしんサポートの理念や定義、更には将来を見据えて何をすべきか等、改めて考えた事もないし、墓閉じ、散骨場取得、永代供養墓建立、今の料金設定などは、棺がいくらかも知らない12年前に口にしてきたものです。 その辺りについて人に話すと面倒だから普段は勉強してきたと言ってますが、実際は勝手に浮かんでくるか、勝手にしゃべってたが本音ですから、現実になって無かったら大ぼら吹きって言われてたかもです。 ということで、僕の葬儀観や宗教観は誰かに教わったものでなく、信仰から来てるものでもありません

その通りですね。 2019年11月で65歳ですから国が認めた老人の仲間入りです。 今は実際の僕を見て中には40代と感じる人もおられるようですが、外見はどうであれ中身は老人で間違いありません。 この問題も設立当初から分かってた事でしたから、あんしん館設立時に動画にも出ている息子を2年間働かせてみました。 最大の心配は僕より強いかもしれない霊感が、仕事に支障が無いかを確認するためでした。 幸いにも支障はなく、利用者対応も問題ないと確認してありますが今は大好きな美容師をしております。 僕に何かあった時は息子と、千明の息子が一人使えそうですから何とかなりそうです。 ただ僕自身はできれば生涯現役でありたいと考えており、会員さんから労わられるよになるまで動くつもりです

そうですよね。 人に話す事と自身が別では話しになりません
》葬儀は家族で火葬して貰い、全散骨か一部永代供養墓は家族の判断に任せます
》葬儀は「家族との別れを受け入れる時間」ですから存命中が大事です
》元気なうちに16歳からずっと着いてきてくれた奥さん孝行の真似事はしたい
》家族、友人との別れと、終幕後に問題が出そうな手続きを済ませておきたい
》あんしんサポートが今まで通り機能し、会員さん達への安心を継続させたい
葬儀は僕の人生の最後にあるものですが、世の中は何事もなく流れますから、それらの対応が大事で僕の葬儀とは、上記の全てが葬儀なんだと思います

人生最大の目的は仕事でも、金でも、名誉や出世でもなく、自分に与えられた人生を精一杯楽しみ謳歌して生きることだと気付かされました。 その根底にあるのは人生の終幕はいつ訪れるか分からないからです。 人生は生まれた瞬間から、国、家、容姿、能力と全てに於いて不平等ですが、自分の人生を楽しむ権利は誰にでも平等にあり、あとは自分次第ですから、人様に迷惑が掛からない生き方なら、今日から、今から、個々が己が人生を楽しめるものにすべきだと思います

人生も終盤になると若い時には見えないものが見えたり、人が生きる為に必要なものが分かってきます。 人には生き甲斐が必要で、大きな生き甲斐のひとつに「人は誰かに必要とされて生きる」があります。 65歳になる人間が見ず知らずの人達に必要とされ、健康や身体の心配までして貰えるのです。 誰かの役に立てば、それが自身に生き甲斐として返ってくるもののようです

葬儀で不思議に思うのは、死後に騒ぐ人達が多いことです。 死後に逢いたいと言う人って変でしょ!? 逢うなら存命中、それも意思の疎通ができる段階じゃねえ?「孝行をしたい時に親は無し」って言うけど親や祖父母だけでなく配偶者も一緒だし、今を生きてる自分も一緒です。 死後費用の心配などせず生きてる今を楽しんで大事に生きるべきです

同じ景色を見て「綺麗」と思う人もいれば「何とも思わない」人もいるし、同じ物を食べて「旨い」と思う人もいれば「何の感動も無い」人だっているでしょ。 人生とは何気ない日々の繰り返しが基本ですから小さな喜びを感じたほうが幸せだし、辛い時、大変な時は自分より大変な人達と比べれば幸せに思えるもの、同じ人生なら上手に生きたほうが利口です

あんしんサポートで葬儀する半数は「本当に助かりました」と言って帰りますが、その人達に時々伝えることがあります。 本当に助かりましたと思うなら、人は困ってる時に助けて貰ったら、普段なら味わえない有難さや嬉しさを体感できたはず。 今度はいつか自分が助ける側になれば、その相手は有難いと思うでしょうから、同じように次の人を助けてあげればいい。 いつか日本人が忘れかけてる「お互い様」の心が当たり前になるかもしれません

葬儀の事前相談に来る人の多くは死後費用がいくら係るのか、今の財布事情で何とかなるのかと不安があるからの事前相談ですが、我々が伝えるのは最低限の費用だけ覚えておき、もしもの時はその時点での財布事情で無理の無い事をすれば良いと伝えます。 大抵の人は「ホッとしました」「安心しました」と笑顔になる人もいれば緊張が解けた安堵から涙する人も少なくない。 って事は80歳で終幕するとして60歳で来館した人は20年間安心して暮らせるけど、78歳で来館した人は2年間だけ安心って事になります。 あなたの住む地域で安心して生きられる葬儀社を探しておくべきと思いませんか

老夫婦だけの生活では、施設にお世話になる事を考えておく必要があります。 一般的には特養でなければ月額15万円+医療費+被服小遣いで年間250万円、10年間で2.500万円必要だと思ってください。 持ち家の人なら自宅担保での入所も考慮、担保価値分が過ぎた時は生活保護も視野に入れる必要があります

全く理解できないひとつに葬儀に口出しする親戚がある。 僕の親戚で葬儀に口を出す人は皆無で経験はない。 親戚でも家族の財布事情など分かるはず無いのに、金は出さない癖に口が出せる神経がまともではない。 何を言っても自分が馬鹿で常識の無い人間だと言ってるようなもの、どんな葬儀でも家族が決めた事に従うのが当たり前、残る家族の生活を面倒看るわけじゃないんでしょ

結構多くの皆さんが供養を勘違いしています。 家族や親戚、友人等ができる供養の基本は物を供えることではなく、宗教者が読経することでもありません。 供養したいと思うなら「時々で良いから思い出すこと」です。 最高の供養は家族にしか出来ず、後に残った家族が毎日を元気な素顔で過ごす姿を見せ続けること「元気だから心配ないよ」と伝えてあげることです

最近は墓参り代行なるものがあったり、僧侶に依頼して読経して貰っておけば供養になると思ってる人もいますが、立場を逆にすれば分ります。 あなたが墓にいるとして見ず知らずに人が来て、花と線香と水を供えてくれる。 有難いと思う反面「あんた誰?」と思うでしょう。 自分で来ないでひとに頼んだんかい!って思うんじゃないかな。 読経についても同じだし大体読経なんて分らんでしょ!? 供養に代行はあり得ません。 墓参りできなくなったら、墓から遺骨を出して自宅で供養すれば良いし、結論を言うなら遺骨など無くても、墓に行かなくても、自宅の部屋で、或いは思い出した時にその場で手を合わせれば良いんです

なら読経は要らないの!? 結論はその通りですが、信仰心があった故人なら読経は宗教的な供養ですから意味はあるでしょう。 読経をして欲しいだとか墓参りにいかなきゃと思い出すこと、そのものがすでに供養で、全ての行動は故人を思い出すことから始まってる現実は考えれば理解できるでしょう

11年間葬儀をして思うのは「家族が余分な神経を使ったり、負担が増える親戚は葬儀に呼ぶな」です。 この手の親戚がいる葬儀は絶対にと言えるほどいい葬儀にならないし、こんな親戚とは葬儀が終われば付き合いも無くなるはずですから、葬儀が済んでから声を掛ければ充分です。 何を言われても一度で済みますからね。 それに親戚が故人に対し何かしたいなら親戚達自身が納得できることをすれば良いんです。 あんしんサポートでは現実に家族だけの追善供養もあれば、家族が出席しない追善供養もあります。 お互いに嫌な思いをするより良いでしょう

対親戚対策で最高の効力を発揮するのは「故人の遺志を書いた遺言書」です。 家族と相談して決めた自分の葬儀を、自分の遺志だと紙面で伝えれば普通なら黙って引き下がります。 僕はこれ以上の効果がある方法を知りません

「生きてるのに葬儀の話しなんて不謹慎」という人の感覚が全く分りませんし、こんな人は世間知らずの鴨葱だと気づくべきです。 まぁ200万円と言われようが500万円と言われようが全く構わない人なら問題ありませんけど、費用の限度があるなら、単なる良い恰好しいのお馬鹿です。 人とは何事に於いても冷静に判断できる段階で判断するから失敗を未然に防げるのです。 わざわざ葬儀社の鴨葱に志願したり、失敗や後悔する確率を上げる必要はありません。 2019年の例では「全てお任せします」と依頼した葬儀社から来た請求書は700万円だったそうです。 相手は親切な人ではありません。 できるだけ儲けたい商売人である事を忘れてはいけません。

あんしんサポート施行葬儀での拾骨、基本は手で行います。 全国どこの火葬場でも箸を渡され「箸渡し」なる言葉が出ますが日本は本来土葬です。 土の中に埋めた骨を箸渡しなどあり得ませんから、後から作った言葉は明らかです。 また昔の火葬場は熱いまま焼骨が出てきましたから箸でなければ火傷をします。 しかし最近では熱いまま出てくる火葬場のほうが少ないし、素手で触れる温度まで下がっているのが普通であり、拾骨とは故人がこの世に残す最後の肉体の一部です。「ありがとう」「お疲れ様」の言葉とともに、手で拾骨してあげたいものです。 ただし今でも熱いまま出てくる火葬場では箸で拾骨する必要があります

葬儀した大多数の家族は35日や49日が納骨する日だと思っています。 ハッキリ言います間違いです。 また35日と49日は一対のもので、早い人は35日、遅い人でも49日には仏様の仲間入りをする日ということです。 だから棚上がり、忌明け法要と呼ぶのです。 なら納骨とはいつするものなか? 日本は本来が土葬ですから「即日納骨」です。 49日に納骨するのは、宗教者と葬儀社の金儲けだろうな。 あとは午後3時火葬の場合など拾骨が午後5時頃になると暗くなり、当日納骨は難しいからってのもあるでしょうが、いずれにしても49日は納骨する日ではありません